浜松から起こすオープンイノベーションで「新しい価値」を生み出す

大村 寛子氏|ヤマハ株式会社 執行役員 ブランド戦略本部 マーケティング統括部長

今回の取材では執行役員 大村 寛子氏とマーケティング統括部 UX企画グループリーダーの畑 紀行氏両名にスタートアップへの期待、今後の展望を伺った。

スタートアップの塊のような企業

——貴社の事業内容について教えてください。

大村 ヤマハは、楽器、音響機器、その他(部品・装置等)という3つの領域でグローバルに事業を展開しています。全体の9割以上は楽器・音響に関連する事業です。具体的には、ピアノや管楽器、ギター、ドラムといった弦・打楽器など楽器事業に加え、コンシューマー向けオーディオ機器(AV機器)、業務用・設備用・音楽愛好家向け音響機器(PA機器)やネットワーク機器などの音響事業があります。若い世代に人気の歌声合成技術ボーカロイド事業もこれらの領域に含まれますね。その他には、ゴルフクラブ、ピアノの木材加工や塗装技術を活かした高級自動車の内装ウッドパネルの製造等も行なっています。

 ヤマハは「スタートアップ精神」の塊のような企業と言って良いかも知れません。もともとはオルガンやピアノの製造から始まった会社で、そこから先の事業はゼロから立ち上げてきました。新しい領域にどんどんチャレンジする文化が根づいている企業です。そのような気質、精神性があったからこそ歴史の長いブランドになり得たのだとも思います。

大村 ネットワークは世界中に拡大していて、楽器などの製造拠点が中国とインドネシア、マレーシアに加えて、新たな製造拠点がインドに完成しました。他にも販売網はもちろん、ニューヨークやロンドン・パリといった世界の音楽の中心地にはアーティストをサポートする部門などが存在します。

——新規事業に取り組み、海外にネットワークを広げる一方で、活動の拠点は静岡県・浜松なのでしょうか?

大村 そうですね。私たちは「静岡県・浜松からオープンイノベーションを起こそう」という強い意思を持って、浜松の地で活動しています。2018年5月には本社構内に研究・開発部門を集約した「イノベーションセンター」を設立しました。最先端の実験設備を揃え、エンジニアが働きやすい環境を整えた、技術者2500名が結集している施設です。社外の方も入っていただけるオープンなエリアもあるんですよ。

畑 紀行氏|ヤマハ株式会社 マーケティング統括部 UX企画グループ リーダー

——ヤマハ発動機様との情報交換やコミュニケーションもありますか?

大村 はい。「ヤマハ」というブランドを共通して使っていますから。バイク、船外機、ピアノ、楽器、それぞれにヤマハらしさがブレてはいけないと両社とも考えています。ヤマハ発動機さんとは合同合宿を行ったりして「ヤマハらしさとは何か」を議論したり、社員同士交流したりもしています。ひとつのヤマハとして生み出せる価値は沢山あると思います。

——スタートアップが貴社やヤマハ発動機様の両社にソリューションを提案できるというのは、夢のような話だと思います。それも可能でしょうか?

大村 大歓迎ですよ! ご提案をお待ちしております。

テクノロジーを活用することで、お客様と「広く、深く、長く」つながる

——現在の課題について教えてください。

大村 データを活用できていない点ですね。これからの時代は「モノ」だけの価値ではなく、「モノにまつわる体験」で顧客価値を効果的に生み出すことが重要と考えます。音楽業界に限らずどの業界もそのような世界を目指す傾向にあると思いますが、そのためにはデータ活用は不可欠です。
そのような状況下で、製造業という観点でヤマハを見た時に、「モノ」視点に偏りがちだったのかなと感じています。お客様の真のニーズをしっかり把握して価値を生み出すためには、データをしっかり蓄積した上でサービスを展開することが非常に重要になっていくと思うんです。
例えば音楽教育。奏者の演奏データを蓄積し、演奏情報の分析をすることで、一人ひとりの技術の進度に合わせた的確な音楽教育を行うことが出来るかも知れませんよね。
さらに、楽器と関わりのないユーザーをどのようにヤマハに巻き込むかについても考えています。ノンユーザーの方のパーセプション(認知・認識)を上げて、どのようにヤマハのファンになっていただくか。
これはブランドとして、取り組むべき非常に重要な課題だと思っています。

大村 そのようなブランド課題に対してもテクノロジーを活用したいと考えています。特にBtoCの文脈で我々が想像できない気づきやアイディアをテクノロジースタートアップから提案をいただけたら嬉しいですね。一緒になって価値をつくることをやっていきたいです。
私たちの中期経営計画の中には「広く、深く、長くお客様とつながる」という戦略があります。ライフタイムバリューの向上を通じてしっかりブランドを構築していきたいのです。短期的な取り組みではなく、お客様を本質的に見据えた上で出来ることはなにかを考えなければいけません。

新しい価値を生み出す、可能性の種

大村 私たちが考えている「音」の可能性のひとつは、エンターテインメント領域への活用です。楽器や音響機器の使用に限るとお客様が絞られる一方で、ほとんどの日本人が対象になるのが「聴く」ことです。しかもただ受動的に聴くのではなくて「アクティブに聴く」ことの需要が今後増えると思っています。VR機器だったり、例えば私たちが開発した技術だと立体音響技術「ViReal™(バイリアル)」だったりといったものが、その流れを促進していくかも知れません。
さらに、映像と音楽のシンクロ、身体表現と音楽の融合も考えられますね。少しアーティスティックな話かもしれませんが、そういったエンターテインメントに繋がる新しいビジネス、想像できないような体験価値を生み出していけるんじゃないかと考えています。

「音楽」とは異なる「音」の可能性についても検討しています。
音に対する人間の反応で、例えば「カシャ」というカメラのシャッター音を聴いたら「撮られたな?」と思いますし、スマートフォンから唐突に鳴る地震警報のアラーム音は危機感や不安を煽ります。このような音への反応は、人間が持っている本能であり、瞬時に情報を理解できる可能性を秘めたツールとなるかもしれません。
音の技術は、医療分野や自動車分野などのtoB領域にも役立つと考えています。これから自動車は、パーソナルモビリティ化、自動運転化が進んでいきますが、その文脈で音の技術を活用し、安全かつ快適な空間を作っていける可能性もありますね。

——toC、toBに限らず提案できる幅がありますね。

 そうですね。現代は多様性の時代ですから、音楽の楽しみ方も、音の活用の可能性も広がっています。一方で私たちだけでは、小さいけれど非常に面白い可能性を秘めた種のようなものに対してひとつひとつ、育てていくのは難しい。
だからスタートアップの方々に私たちのアセットをぜひ使っていただきたいんです。スタートアップそれぞれの持ち味や技術と、当社のアセットを組み合わせることによって、面白い種が広がって、育つといいなと思っています。

——デジタルやデータの分野でお考えのことはありますか?

大村 デジタルとはまるで反対と思われるかもしれませんが、リアル店舗の改革ですね。店舗の目的が「売上」か「顧客エンゲージメント」なのかで、働き方が大きく変わります。 
楽器を例にとると、店舗で販売しているのは楽器だとしても、今の時代、リアルの場所で売るべきものは体験ですよね。そう考えたときに、「売上に繋がらない行動は無駄です」というマインドセットを変え、リアル店舗こその良さを活かして、楽器の魅力をお伝えする。お客様に楽器を見て触っていただき、五感を使って喜んでいただきたいのです。そのような体験価値の向上に、店頭スタッフの意識を向けていくためにもデジタルは有効であると考えています。
例えば、お客様の体験価値向上において今後重視すべきと考えているのは「お客様がどれだけ笑顔で帰ってくださるか」ということです。新しいテクノロジーを用いて、例えばお客様の笑顔の数を計測して分析することも可能性として考えられますよね。

真のデジタルトランスフォーメーションとは、人間が変化して価値のある仕事がどんどん生まれて、社会に新しい価値を生み出していくこと、それが究極のゴールだと思います。 その実現のためにもスタートアップの方々の知見を借りて、新しい可能性を見出したいですね。

インタビュアー:西村真里子(Heart Catch) / 堀内健后(Arm Treasure Data)

編集・構成:細越一平(Story Design house)

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