清水エスパルスを支える「デジタル技術」の可能性とは

左伴 繁雄氏|株式会社エスパルス 代表取締役社長 

イングランドフットボール100年の歴史が原点

——貴社の事業内容をお聞かせいただけますか。

左伴 Jリーグチーム「清水エスパルス」の経営全般です。興行から選手のマネジメント、スポーツ施設の管理・運営に、場内に掲出する広告の管理、グッズの企画販売など、マーケティング分野の業務も行っています。

——左伴社長はこれまでにも横浜Fマリノスや湘南ベルマーレの経営に携わってこられたとうかがいました。Jリーグの球団経営において、現在、デジタル化の必要性を感じることはありますか?

左伴 実は、以前に経営していた2チームでは、デジタルでの管理や分析の必要性をそれほど感じていませんでした。横浜も湘南もホームタウンの人口が多く、都市部ですからスポンサーもたくさん集まりますし、リーグ優勝をすればお客様もたくさん増える。あまり熱心にマーケット分析をしなくても、サポーターを増やす土壌が整っていたともいえます。一方、静岡は、横浜などと比べると都心からの距離もあり、会社の規模としてもリーグ内ではかなり小さい。私が就任した2015年にはJ2降格という苦汁も味わいましたし、就任時には、もっとたくさんのお客様をスタジアムに呼ばなければという危機感がありました。一方で清水エスパルスは、Jリーグ元年に存在していたクラブ、いわゆる「オリジナル10」です。高校サッカー界で静岡は一世を風靡しました。「エスパルスは強くあるべきだ」という方はたくさんいらっしゃいますよね。地元から「強くて当たり前」と言われるクラブなんです。とはいえサポーターになる人口も、パートナーになる企業規模も、大都市圏と比べれば当然小さい訳です。お客様が溢れるようなスタジアム、たくさんのパートナーに支えてもらえるスポンサー契約、それらを横浜や湘南の時以上にドライブをかけないと大変だ、ということを就任当初に感じていました。私が長く過ごしたイングランドでは、例えば「サンダーランドAFC」のようにスタジアムの年間チケットが地元の人だけで売り切れてしまうというくらい愛されているクラブチームがあります。サンダーランドの人口は30万人ほど、旧清水市と同規模。パブに行けばサッカーの話しかしていないですし、クラブに行くとセピア色の写真がそれは沢山飾 られていて、1928年にリーグ優勝したときのメンバーの写真を見て、サポーターが「あの人、もう死んじゃったけど俺のひいおじいちゃんなんだぜ」と 語るような歴史があるのです。私にとってのサッカーというのはそこが始まり。

——日本のJリーグはまだ歴史が浅いですね。

左伴 サッカーの他に、野球や相撲など長い歴史をもつ人気スポーツもありますからね。テレビ放映の収益化も難しい。その上でまず「どうすれば人がスタジアムに来るのか」を考えたときに、デジタル技術の必要性に気づきました。具体的には、本来長い時間をかけて築き上げるべき「スタジアムに来てお金を使ってくれるファン」との関係を短い時間でつくることにデジタルやデータを活用し始めています。イングランドでは100年以上の歴史が積み重なって、自然にスタジアムが満席になっているわけです。それをデジタルを活用してをお客様の行動を分析し、キャッチアップしたいということです。顧客分析を行ってセグメントを切り、ターゲットに対してどのような顧客サービスを行ったら効果 が高いのか。例えばVTuberの富士葵さんとのコラボのように具体的な施策、打ち手が分析したデータから見えてきます。もちろん至上命題は強いチームを作ること。鹿島アントラーズのように、都会ではないけどいつも強いよね、スタジアムも埋まるよね、というチームを作ることです。清水にはサッカーを愛する潜在顧客がたくさんいると思っています。今は年間チケットが5,000枚と、スタジアムのおよそ4分の1ですが、せめて半分以上は年間チケットで席を埋めたい。そのために、潜在顧客を掘り起こし集客にドライブをかけるところでデジタルを足早で活用したいということです。

集客・営業・マーケティングのあらゆる場面でデジタル活用が求められている

——集客以外の面で課題に感じていることはありますか。

左伴 まずは「パートナー企業との関係構築」です。静岡の企業にとって「エスパルスに出資している」ということは、たんに看板を出して、テレビに何回映るからいくらくださいといったような、単純な広告露出効果だけではない。エスパルスのサポーターがSBSのテレビ放送で看板映ったのを見て「エスパルスのパートナー企業だから」と入社を希望するというのが、実際にあるそうです。リクルートにも効いている。なかには、社員への福利厚生の一環としてファミリーチケットを提供しているパートナー企業もあります。そういった企業ごとのニーズやシーズといったものを、営業の提案にまとめてニーズ、シーズを定量的に把握していきたいとも考えています。ここでもデジタルの出番ですよね。これまで、そうしたパートナー企業への営業活動は非常に属人的だった訳です。就任当初は200社くらいでした。それであれば人海戦術でなんとかなったかも知れない。でも今は500社に支えてもらっています。マンパワーだけでは管理できない。他のクラブでもまだやっていないのですが、パートナーズフェアネスとアプロプライエットサービス、つまりカテゴリー別の適切なサービスの体系化を粛々と進めています。パートナー企業にとってはエスパルスを心から応援したい状態 、営業担当にとってはより効率的に活動できる状態を作っていきたいと思っています。

そして物販。以前は、エスパルスのコアファン向けにタオルマフラーやユニフォームを販売するだけで2億円の売上があり、売上の大半を占め ていました。現在はマーケットをどんどん拡大していて4億円ほどになっています。内訳は売れ筋商品の他に文具やアパレル商品も出てきています。これらの商品は売れ筋と比べて売れ行きが予想しにくい。このマーケティングの観点でも、デジタルを活用して、お客様のニーズを分析していくことが求められています。

試合の中で「感動体験」を共有できる仕組みづくりを

——今後、貴社やリーグ全体で課題や達成したい目標などはありますか?

左伴 Jリーグのクラブでは、それぞれが独自に経営を研究して成果を出していく、「当事者意識」のようなものを持っているクラブが多いと思っています。その成果をクラブ間で横展開できたら、サッカーに対するお客様の関心も高まり、お客様がスタジアムを埋めるようになれば、テレビ放送も増える。イングランドのプレミアリーグは放送権料だけで経営が成り立っている訳です。Jリーグもそこに持っていきたい。

——試合の場面にデジタル技術を活用するとしたらどのようなものになるでしょうか。

左伴 私がエスパルスに着任してから言っていることは、戦術や技術の前にハードワークしてくださいということです。ハードワークして球際に強く行ってください、人とボールに強く行ってください、相手より走ってください、顔を含め て気迫出してくださいと、そう伝えています。結局、お客様が感動するのは、ハードワークなんだと湘南のときに学びました。例え試合に負けたとしても、選手が全力でハードワークしていると、お客様は帰らない。ずっとキーワードで掲げています。もちろん勝つことはチームの至上命題ですが。そして、それをデータで取りたいのです。日本平のお客様は質が高い。良いプレーをしたら拍手があります。では、いいプレイって何だろう。もしかしたらハードワークを指しているのかそれとも技術的な部分を指しているのか。得点なのか。それもデジタルの領域で捉えられるのではないか。ちなみに、アメリカではいいプレーがあると「いまこれだけ観客が熱狂している」という数値がAIによって解析され、ビジョンに表示される仕組みがあります。デジタル技術によって観客のみなさんと選手がもっと一体になれるような仕組みができたらいいと考えています。エスパルスのアプリでもチームのニュースやスタジアムの情報といった実用的な機能を実装していますが、本来の目的である試合をもっと楽しんで、感動体験ができるような仕組みづくりをしたいですね。

——アプリによって観客とチームがつながるというのは面白いですね!選手の プレーに投げ銭機能をつけたりしても楽しそうです。

左伴 そういったアイディアを出すのは、大規模な企業よりも、中小ベンチャーやスタートアップのほうが向いていると感じますね。ニッチを深く勉強していて、それを技術に落とし 込んでいる。あとは、気付きの視点がお客様に近いですね。例えばあるスタートアップでは、どんなイベントで観客がエキサイトしたかというのを測定する技術を持っています。観客が熱狂したのはどのタイミングで、何回で、他のチームと比べたらどうか、ということもデータ化してくれる。ゴールシーンは当然ですが、ハーフタイムでチアのオレンジウェーブが踊っているときは、サポーター席よりもバックスタンド側を向いてるほうが盛り上がってたとか、そういう細かいところまで把握できる。把握できれば工夫できますよね。

エスパルスとスタートアップの協働で、感動を高めていきたい

——様々なところでデジタルを活用したアイディアを持っていますね。

左伴 こういったことはアメリカのプロスポーツ業界で盛んですよね。MLBもNFLも、MLSでもそうです。良いところは真似したい。この方向にドライブをかけたい。今年をその元年と位置づけて、スポーツビジネスプラットフォームを 作って、あちこちにデジタルの枝葉をつけようとしています。ファンエンゲージメント、スタジアム、パートナーズサー ビス、グッズマーケティング。キーワードが無いなら作ろうと。社内の業務効率化もそうサッカーとは関係ない業務改善に取り組んでいるスタートアップとアライアンスを組むことも当然ありえます。そのために、岡田さんにCIOになってもらいました。

岡田 清水エスパルスが単独で開催したオープンイノベーションプログラムが昨年ありまして、その時からお手伝いをしています。今はシステム周りとデジタルマーケティング全般ですね。

岡田 明氏|株式会社エスパルス チーフインフォメーションオフィサー(CIO)代行 

左伴 浦和から毎週来てくれているのです(笑)

岡田 住んでいるのは浦和なのですが、静岡出身で。エスパルスのサポーターだったんです。

——岡田さんは、スポーツとデジタルの関係についてどう見られていますか?

岡田 スタジアムに来て、実際にエスパルスの試合を観ると、やっぱりここには凄くいいものがあると感じます。コンテンツの価値のベースはなによりゲームで感動することですよね。私はそこから掛け算がいくつも出来ると感じています。コンテンツバリューを高めていく時に、デジタルを使ってそれをどう拡散してさらに高められるかという取り組みは既に試されていますので、それをどんどん真似して、あるものは日本風にアレンジして使っていければと思います。デジタルの効果は非常に大きいと思います。

——オープンイノベーションプログラムにも取り組んでいると伺いました。今回の「TECH BEAT Shizuoka」にあたり、改めてデジタルテクノロジーやスタートアップに期待することを教えてください。

左伴 オープンイノベーションプログラムは、清水エスパルスの事業拡大も目的なのですが、本音は逆にあります。ひとが感動してくれたらスタジアムに来てくれるでしょう? グッズを買ってくれるでしょう?だったらどうしたら感動してもらえるのか? それを正しく分析して把握して、その導線を沢山作りたいのです。その「沢山作る」というのを属人的にやっていたのでは埒が明かないから、デジタルを活用することで導線を沢山作る、そういうことなんです。原点にあるのは、ひとの感動とか、生きててよかったという喜び、そして人生の充実感。清水エスパルスを通して、これらを味わっていただきたい、というのが原点です。それを提供するのは、エスパルス単体ではなく、そういったアイディアやテクノロジーを持ち合わせたスタートアップと協働すればもっといいものができるのではないでしょうか。静岡のひとたちが、 幸せになったり、感動したり、ここに住んでてよかったと思えるものを提供 するのに、企業の壁を越えて、いっしょに組みませんかというのが、オープンイノベーションの発想ですからね。

聞き手:堀内健后(Arm Treasure Data)

編集・構成:細越一平(Story Design house)

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