スピード感とリスペクトを持って、スタートアップとの共創に取り組みたい

井上 雄介氏|株式会社巴川製紙所 取締役 常務執行役員 CTO 事業開発本部長

紙から電気工学までを扱う「電気もわかる化学屋」

——貴社の事業内容について教えてください。

当社は1914年に創業、今年105周年を迎えました。当社が今日まで続いてきた背景には、創業事業のひとつである「絶縁紙製造」があります。絶縁紙は紙でありながら、電気工学の分野に深く関わっています。紙製造に必要な化学の知識ノウハウに加えて、電気工学の知見を合わせ持った「電気もわかる化学屋」という会社は珍しいとのことで、多くの企業から重宝いただきました。そのおかげもあって、これまでさまざまな「世界初」「日本初」を産み出すことができています。

——現在では「熱・電気・電磁波コントロール材料」の領域にも。

そうですね。歴史を踏まえて、電子部品の「誤作動防止」に貢献する新製品群として生まれたのが、「iCas(アイキャス)」ブランドです。iCasはi = Insulation (絶縁)、C=Conduction(伝導)、a=Absorption(吸収)、s=Sheet(シート)の略です。 「EV化」や「IoT」が進む現代では、製品の小型化、軽量化、ハイパワー化が求められています。そうすると、大量に出てくる熱や電気、電磁波をコントロールする必要が出てきます。そこで役立つのが、熱、電気、電磁波での誤作動を防止する「iCas」です。これを活用いただくことで、それまで誤作動防止のために機能を落として運用せざるを得なかった製品も、100%の性能での運用ができる、というものです。

驚きのスピードで新たなプロダクトを生み出せる仕組み

——現在も新たな製品や技術開発に取り組んでらっしゃいますか?

CEATECなどの展示会では、バンバン出していますね。毎年のように新製品を出しているので お客様、来場者様から「新しく何ができましたか?」と期待されることも多いです。それが少しプレッシャーになることもありますが。他社さんからは「どうしてそんなに新しいことがどんどんできるの?」とはよく聞かれますね。

——新しいことに次々挑戦できる理由はありますか?

我々が1,000人規模という小さい会社だからというのもありますが、もともと、当社が「開発型企業」だからというのは大きいですね。
例えば「磁気切符」を日本で最初に作ったのは当社ですし、コピーに使う粉インクの「トナー」では、複写機を作っていないトナー専業メーカーとして世界一のシェアを持っています。また、ICパッケージ絶縁用の「リードフレーム固定用テープ」は当社が世界で初めて開発して以来、 40年間に渡って 90%以上のシェアを獲得しています。
スタートは紙です。紙からさまざまな領域に関わる製品を開発しているところが開発型企業であるゆえんだと思います。

とはいえ、事業部制になってからは、社内で難しい局面と向き合うこともありました。
開発というのは「10個作ったうち当たるのは1個」とか「最低10年はかかる」と言われるように、100%の保証はありません。そのため「開発をやったところで、成果が出るのかも売上になるのかもわからないから」とリソースをかけにくく、結果として一時期全く開発をやらなくなってしまったこともありました。

——そんななか、開発を進めるためにどういった取り組みをされてきたのでしょうか。

「AOセンター」というものを作りました。「AO」は「味見・お試し」。

——面白い名前ですね!

英語で「Ajimi Otameshi」と書くのも何でしたので、「Advantaged technology Office」という部署名にしましたが、これは当て字です。とにかくスピード感を持って実験と検証を繰り返すのです。AO段階が終わったら、一定の期間事業部と一緒に開発を行って、そのテーマアップの時に全て渡す、という流れです。

——それはスムーズですね。

ただ、事業部からしてみれば「自分たちが生み出しているお金で楽しそうに開発をしている」という見方もできるわけで、最初は社内での抵抗もありました。「もっとすぐにお金になるところに人を置くべきだ」という指摘もありました。
それを続けるうち、5年ぐらい経ってやっと事業部に渡すようなテーマも出て来た頃にその存在価値を納得してもらえるようになってきたという経緯があります。今では、この仕組みは非常に良いということで、いろんな企業から「やり方を教えて」と言われるようになりました。

スタートアップと同等のチャレンジをしてきた

——貴社には挑戦しやすい土壌があると感じました。

それでいうと「小さい会社である」というのも当社の良さだと思います。
例えば、担当が新しい案件を持ってくるとしますよね。その担当者が「こういう話があります」と伝えるのは、当社の場合は多くてもその担当の上司の上司まで。つまり、その担当が直属の上司に確認したら、その上は私です。確認作業に時間をとらないので、確認作業が何段階もあって面倒くさいからと弾かれたり、情報が上がっていかなかったりということはほとんどないと思います。そういう意味で、判断は早いですね。

——新規事業などの新たな挑戦において、課題に感じることはありますか?

新しい技術はたくさんのお客様に興味を持っていただけるのですが、新規性があるゆえに実績がないことが、導入に際して大きな障壁となってしまうケースもあります。日本の企業は実績主義な傾向がありますから、「まだ他ではどこも使っていません」と実績がないことをお伝えすると、躊躇されるケースもあります。

——「事例がない」と言われるケースは少なくないですよね。特にスタートアップは、実績の有無で苦戦することも多い。

そうですよね。そういった点では、当社からスタートアップの方に「実績がないのでできません」とお伝えすることは滅多にないかと思います。私たち自身も新規開発を立ち上げて実績がないものを作っている会社なので、実績主義なんて言っていられないですからね。

——ありがたいです。いいものを持っているスタートアップであれば、お話を聞く余地はあるということですね。

もちろんです。実績がなくとも「面白いね!」というメンバーばかりですから。
ときどき「自分も昔にそれをやったことがあるけどダメだったから、それをやっても無駄だよ」と言う人っていますよね。「そんなのやってもダメだ」と潰してくる。でも、それは技術も環境も違った昔の話なのです。昔はダメでも、今はやってみないとわからない。「昔ダメだったから、今やってもダメに違いない」という考え方は、当社ではNGとしています。

——「試してみる」ことを大事にされているのですね。

「やってみなければわからない」という気持ちで、トライアンドエラーを躊躇なく繰り返すようにしています。スタートアップの皆さんからの提案でも、面白いと思ったら積極的に実験してみて、足りない部分はフィードバックしていければと思います。

——スタートアップから安心して相談ができそうです。

そもそも、私たちがスタートアップみたいなものですからね。当社はBtoBでやってきた会社であるうえに、扱っているものが絶縁紙ですから、知る人ぞ知る会社だったのです。だから、私たち「AOセンター」は、知ってもらうためのプロダクトアウトの活動を進めたわけです。 ここ5年で少しずつ認知も拡大し、ようやく大手企業の方々と対等な立場での開発活動ができるようになってきました。そういう意味では、スタートアップと同等のチャレンジをしてきたと思っています。

共同開発にリスペクトは欠かせない

——貴社では、どのような領域のスタートアップとの協業が考えられますか?

中間素材メーカーである当社の場合、領域でいうとIoTにまつわるスタートアップと取り組むことが多くなるかと考えています。
ただ、スタートアップというと、ソフトウェアやアイディアといった領域の企業が多いですよね。日本の強みは工学分野だと思っているので、工学や素材分野でスタートアップがもっと出てくるようになったら面白いですね。特に工学分野で最先端の研究開発がされている大学発のベンチャーも出てきていますが、大学が主体ですとその商品の使ってもらい方がわからなかったり、大手企業にアピールができなかったり。そういった例も目にするので、もったいないと感じているところです。

——大学との協業といった取り組みも考えてらっしゃいますか?

産学連携は、この数年多くやらせていただいています。私たちの規模感といいますか、大学の先生と実際に私が会って握手して「一緒にやりましょう」という感じで進められるところがちょうどいいようですね。実際、産学連携で手応えのある開発を進めることができています。その副産物として優秀な学生さんが当社に来てくれるといった面もあり、非常に意味や成果を感じています。

——スタートアップとの共創でどのようなことを期待していますか?

これまで当社は、「抄紙」と「塗工」の両プロセス、つまり物理と化学をいろいろな形で組み合わせることで、他社ではできないような開発をしてきました。とはいえ、そのさまざまな組み合わせを全て社内だけでやるのは無理ですから、それを広げようとしているところです。餅は餅屋でといいますか、得意分野がある方々と組んでいきたいですね。当社の技術と、スタートアップの先進的なアイディアや、固定概念にとらわれないユニークな技術を組み合わせて、他社が真似できないことを実現できれば非常にありがたいです。

——貴社からスタートアップに提供できるメリットを教えていただけますでしょうか。

当社では「特殊抄紙」から「塗工」「粉体加工」「粘・接着」までを扱っています。実際に協業するとなったら、当社からはこれらのプラットフォームや、品質管理や生産管理、在庫管理を提供し、リソースとして使っていただくことができます。 あとは、お伝えしてきたように当社は会社規模が小さいため、決断・判断が早い、タテ階層が短い、上司と部下との距離が近いといった特徴があります。共同開発はどちらかが上から目線では成り立ちません。スタートアップの方々と対等に、皆さんが持つ技術やアイディアにリスペクトを持って協業を進めていきたいですね。

インタビュアー:西村真里子(HEART CATCH)

編集・構成:細越一平(Story Design house)

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