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レポート & コラム

Report & Column

真面目な会社で新規事業にチャレンジするリーダーは、社史を読む。

真面目な会社で新規事業にチャレンジするリーダーは、社史を読む。

スター精密株式会社 特機事業部 営業マーケティング部 部長 山田 隼也 氏


スター精密株式会社は、静岡県静岡市に本社を置く創立75年の精密機械メーカー。POSシステム向けの小型プリンター(特機事業)や精密部品加工用の工作機械の製造・販売が事業の二本柱で、いずれも世界シェアトップクラス。従業員は500人超、米国や欧州、中国などにも現地法人を設立するグローバル企業である。近年はオープンイノベーションにも注力し、様々な新規プロジェクトが立ち上がっている。

グローバルシェアでトップクラスの事業を展開し、県内有数のホワイト企業として知られるスター精密さんが、スタートアップとの協業を模索している、と聞いても、おそらく多くの方はなんの不思議も感じないことだろうと思います。そうだよね、スター精密さんならやっていそう、なんて私も思っておりました。でもそんなのは外野の無責任な想像にすぎません。冷静に考えれば、既存事業が大きければ大きいほど、新しいことへの一歩は重くなるもの。では、スター精密さんでは誰がどうやって取り組み、結果はどうだったのか・・・。今回は、新規事業を担当された山田さんに、その取り組みの裏側を伺いました。

トップが「簡単には成功しない」を言い切ってくれた

インタビュー

隅々まで磨き上げられた本社ビルに足を踏み入れると、山田さんが気さくな笑顔で出迎えてくれた。特機事業部での営業や企画を経験し、アメリカオフィスに2年間勤務。帰国後は新規事業を担当…というピカピカの事前情報に身構えていたので、柔らかな雰囲気に思わず肩の力が抜けた。とはいえ、質問へのレスポンスは高速かつ的確で、ぐいぐいと話しが進んでいく。

今回とくに詳しくお聞きしたかったのは、2022年に参加していたアクセラレータープログラム[*1]のこと。

そもそものきっかけは、TECH BEAT Shizuokaにスポンサーとして出展した際、Creww社と出会ったことだった。その縁から、2022年の「TECH BEAT Shizuokaアクセラレータープログラム」[*1]への参加が決まる。

[*1] TECH BEAT Shizuokaアクセラレータープログラム。自社の課題感や協業したい領域を公表し、それに対するスタートアップからの提案を募集する。Creww株式会社が主催。
https://growth.creww.me/f2184887-6fb3-11ed-b7d9-59f6183b593f.html

「初めての試みだったので、どんなアイディアが何件集まるのかもわからず、ドキドキしましたよ。」と山田さんは振り返る。ただ、プロジェクトが動きだす際、特機事業部のトップである寺尾氏は「簡単には成功しないでしょ。」と言い切ってくれていたらしい。もちろん失敗していいという意味ではなく、一生懸命やるけれどだめだと思ったら潔くやめる。この方針を、協業するスタートアップにも初めから共有したことで、互いに腹を割って話せる関係性が築かれた。

結果的に20社のスタートアップから応募があり、そのうち3社のアイディアを採用。エンジニアも加わって新製品開発チームを立ち上げ、プロトタイプの作成に取り組んだ。そのうち2件は、実際に取引先に見せるところまでたどり着いたが、反応は芳しくなく、製品化には至らず。

「成果は半々です。製品化はできませんでしたが、チームとして得た学びは大きかった。とくに新規事業を社外と進める上での方法論が、社内に蓄積されてきたと思います。」

2つの約束で進めた新プロジェクト

山田さんがエンジニアを巻き込んで新製品開発チームを立ち上げたとき、エンジニアとは2つのルールを共有している。

一つ目が「既存事業と新規事業で優先順位に迷ったら、既存事業を優先すること」。そもそも今回の取り組みは、特機事業という既存事業の成長ドライバーを新規領域で探索する位置づけのものであった。また、スター精密の社風は、もともと非常に真面目で、一度決まったことに対して100%以上の力で応えようとしてくれる。そんな環境で新規事業をアドオンすると、チームが破綻する。それをあらかじめ見越してのルールだった。

そして二つ目は「エンジニア自身が決めていい」。既存事業では、営業や企画がお客さんとやりとりして決めた仕様に基づいて、エンジニアが製品化を進めるのが基本。エンジニアが自ら企画に関わり、アイディアを形にする機会は少なくなってきていた。新規事業にせっかく取り組むなら、エンジニアに企画から関わってほしい、という思いがあったそう。プロジェクトに後から巻き込まれる人たちのモチベーションの引き出し方や新しい可能性の生み出し方として、この考え方は他の会社にとっても参考になりそう。

また、オープンイノベーション領域ではスピード優先で、「小さく早く試す」が基本。プロトタイプを開発して顧客にぶつけて反応を見る、を繰り返したい。だからこそエンジニアとお客さん双方に対して、プロジェクトの優先順位や目的を丁寧に説明し、プロジェクトを進めている様子を垣間見ることができた。

社史を読むのが好き

インタビュー

インタビューの途中、山田さんから思いがけない言葉が飛び出した。「そもそも、自分は保守的なんですよね。」「新しいこと=山田、というイメージになっていますが、例えば起業したいか?と問われて即答できることはなくて。スター精密のリソースを活かして挑戦できる今が、とても充実しています。」と語る。特機事業部をさらに成長させ、今後数十年継続させるための商材をどうつくるか、その使命感が山田さんを動かしている。

新規事業担当者といえば、”攻め”のイメージが強いが、こうした”守り”の視点を持った方もいるのか、と新鮮な驚きを覚えた。なにより印象的なのは、山田さんは自社の社史を読むのが大好きで、読み返しては心が震えるそうだ。

せっかくなので、「スター精密40年史(1990年発行)」を入手し、読んでみた。ボロボロの小さな工場から創業した沿革も読みごたえたっぷりでおもしろいのだけど、最も興味深かったのは、カラーページの使い方。全300ページ中、カラーページはたったの8ページ。その半分は展示会と商材の写真で、残りの半分は、社員が盆踊りや運動会、旅行を楽しんでいる姿なのだ。社長やえらい人たちの顔写真はない。まさにこれがまさにスター精密さんのスタンスなのだと思う。社長インタビューの中でも「皆んなのスター」が経営理念だと語られていて、社史編纂の方針にもそれが表れているのだろう。

あらためて山田さんの話しに戻るが、こうした経営理念を体現するような社史を愛読するタイプの方が、新規事業を担っている。だからこそ、真面目な社内のなかでも、スタートアップとの協業でいいバランスが生まれているのではないかと思う。

今年も情報収集と刺激をもらいに行きます

最後に今年のTECH BEAT Shizuokaへの思いを伺った。

「スタートアップの方々は熱意にあふれていて、話しをしていると刺激を受けます。自社は真面目で”スーパーホワイト”ともいわれる労働環境。いい会社だなぁと思う反面、新しいことを立ち上げるには変えるべき点もあると感じています。」と。

そんな社風を変えていくためにも、スタートアップとの協業や情報収集を継続しており、今年もTECH BEAT Shizuokaに期待しているとのこと。

「もう少し望むなら、同じように新規事業の立ち上げやオープンイノベーションに取り組んで、共通の課題意識をもつ他社の担当者と繋がれたら嬉しいですね。」と。これはイシダテックさんからも同じような声をお聞きしている。県内企業のコミュニティをどう育成していくか、が今後の大きなテーマになりそうだ。そんなときヒントになるのは、加和太建設さんが運営する建設DXコミュニティの取組みだろう。

今回オープンイノベーションに取り組む3社の方々にお話しを伺い、静岡県内でスタートアップとの連携や起業への熱意が着実に高まっていると感じた。TECH BEAT Shizuokaが力強く鼓動を打ち、その熱を県内全体へと広げてきた成果ではないだろうか。

聞き手・書き手:阪口せりな

阪口せりな
都内シンクタンクを経て2018年に静岡県に移住。「ふじのくにICT人材育成プロデューサー」として静岡県のIT人材育成事業の企画・運営を支援中。2019年より静岡経済研究所にて特任研究員。工場好きが高じて趣味で工場見学のイベントを企画運営。